忍者ブログ

n - caramelizing

日記です。 読み捨てて頂ければ幸い。

氷と緑の間

2015.03.29 (Sun) 21:49 Category : 未選択

正直、疲れました。
たった数行書くのにビスマルクの航路調べたり、ああ、もう・・・どこだよコースフィヨルドって!
物書きさんって大変なんだなぁと思いました。でも調べるの楽しいんだよね。わかるよ、ディーゼルさん!

因みに、これがビスマルクの航路らしい。ライン演習の航路はWikiにも出ています。
http://www.stepmap.de/karte/unternehmen-rheinuebung-der-korsfjord-und-die-fjorde-bei-bergen-am-21-mai-1941-karte-2-153863

北海からコースフィヨルドに入った時の航路で、Bergen(ベルゲン)付近のGrimstadfjord(グリムスタッドフィヨルド/地図中央)でビスマルクが停泊。これは英機が撮った航空写真が残っています。プリンツ・オイゲンはKalvanes-Bucht(カルヴァネス湾)で燃料補給。

似た地名多いし、日本語だと検索かからないし、綴り分かんないし・・・で、結構大変でした。
もっと簡単に調べる方法あったんだろうか。戦艦マニアのサイト探した方が早かったかもしれない。
上記のフィヨルド通過が1941/5/21なんですが、5/25は艦隊司令長官の誕生日で、総統からお祝いの言葉を頂いております。ってライン演習作戦のフローチャートに書いてあって和んだ。(笑)

その後。
デンマーク海峡戦でビスマルクは損傷し、修理の為にフランスのブレスト港に戻る事を決め、一方でプリンツ・オイゲンは単独で通商破壊戦を行う事にした。ところがイギリス艦隊がしつこく追ってくる。デンマーク海峡戦で英戦艦フッドが轟沈しているので、チャーチルがマジギレしてビスマルク沈めろ!と言ったのだとか。プリンツ・オイゲンを先に行かせる為に、ビスマルクがイギリス艦隊を引き受けた。で、沈没。
プリンツ・オイゲンはフランスのブレスト港に戻る。その後本国へ戻り、バルト海で練習艦となり、東部戦線の援護に使われ、戦後はアメに接収され原爆実験標的艦になる。でも沈まなかった。(翌日沈んだけど)
プリンツ・オイゲンのスクリューだけドイツに戻っているそうです。なにそれ、羨ましい。日本のも返してよ!

プーが東部戦線で「おい、ヴェスト!あの重巡洋艦貸せ!」って言ってると思うと勝手に萌える。「あの港に向けてぶっ放せ!!」

ところで、デンマーク海峡がアイスランドの方だって今回初めて知りました。だって本国の近くにあると思うじゃん。
このまま調べてると北海周辺が無駄に詳しくなりそう。

PR

この記事にコメントする

Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

n-caramelizing

日記です。
節操なく色々好きです。で、飽きっぽい。
二次小説で腐った妄想たれ流してます。なんていうか、ごめんなさい。
Website nauwe
どうでもいいツイ垢 @sawaragomu
らくがきポイポイ用 ポイピク
委託通販 フロマージュ様
既刊情報
くるっぷ

グーグルフォーム作りました。
ご意見ご感想/連絡用フォーム

Wavebox
最新記事
(05/06)
(05/05)
(04/28)
(04/24)
(04/16)
ブログ内検索

Powered by [PR]

忍者ブログ